2010/04/28

情報収集

(日記2010年04月28日02:36)



お客さんが「マジックリンはどこ?」と聞いてくる。

マジックリンといっても台所用・風呂用と種類があるが、それぞれ売り場が違う。

バイトの店員A君は、確認もせず台所用マジックリンの売り場へ案内する。
お客さんが
「違う、これじゃない」と言う。
欲しいのは、もう1種類の「バスマジックリン」だったというオチ。

休憩室で A君は
「だったら最初から風呂用と言えよ!」とキレる。


私は思う。

これはいろんな意味で残念だ。

思い込みで案内して違って、また別の売場へあっちこっち歩くのは
自分にとってもお客にとっても時間の無駄だし、
客が自分の思惑通りじゃないとキレたりムカついたりするのも無駄なストレスだ。
というより、そもそも筋違いだ。
何故気づかないのかなぁ。


最初から言えよ?

なぜ君は最初からお客に質問しないのだ?
「台所用とお風呂用とありますが、どちらでしょうか?」と。

手短に済ますなら、「どこでお使いですか?」でいい。
お客の「台所」あるいは「風呂」のひとことで解決だ。

適切な商品を案内するために必要な「情報収集」だ。
何を躊躇うことがある?
なぜ面倒くさがる?



買い物客は、「自分が欲しいもの」のイメージを頭の中に思い描いてやってくる。

「こんな形で、こんな色で」みたいに。
そこに、
台所用だの風呂用だの、そんな用途の区別は
問われるまで思いつかないのだよ。

だから、台所用か風呂用か、あるいは「何に使うのか」を聞き出すのが我々店員の仕事だ。



同僚のKさんから感心される。

「あんたはお客が求めているものとか、自分の担当の商品でもないのに、よくわかってるねぇ」

違うよ。

私は、『よくわかってる』んじゃない。

私は占い師でも心理学者でもエスパーでもない。
人が頭に描いていることは、わからない。
相手が口に出してくれたことしかわからないから、口に出してもらおうとしているんだ。

私はお客の『声』を聞こうとして、サラリとたずねているんだ。


【何を】したいのですか?
それを【どこで】使いたいのですか?
【何故】そうしたいのですか?


そうしないと、私の頭の中にイメージが浮かばない。
質問に答えてもらって、私の中にいくつか選択肢があれば、さらに絞り込むために質問する。
毎回そういう作業をやっているだけ。


そしてさらに、

マジックリンを探している客も、
本当にマジックリンがその用途に適切とは限らない。
よくよく話を聞いてみると、むしろ「カビキラー」のほうが適切だったりする場合もあるのだから。
お客も勝手な『思い込み』をしている可能性もあるのだ。

『まずは、よく聞いてから。話はそれからだ。』ってことが、じつに多い。


Kさん、あなたはお客の『声』を聞こうともしないでしょう?


私は質問することを失礼とは思わない。
できるだけ間違いを起こさないために、必要な情報収集と思っている。



これは、なにも客と店員の関係に限ったことではない。


聞かずに勝手な解釈のまま動くほうが
よっぽど相手に失礼であり、
よっぽど残念な結果になると思っている。


2010/04/19

カチンとくる?傷つく?

(日記2010年04月19日13:00)



よく考えてみると

私は人の言動で「カチンとくる」ことが無いんだ、と気づいた。
人の言葉で傷ついたことも無いわ。


そんなはずはない、と言われるかもしれないが

いろいろ思い返してみるのだけど・・・
やっぱりカチンときたり傷ついたりした記憶が無いよ・・・


・・・・・・

ただの物忘れか能天気か?(笑



いや、ちがーう

何を言われても何も感じていないわけじゃないんだ。
(確かに鈍感で気づかない時もあるらしいケド)


言われていろいろ考えることは多い。

でも考える「対象」は、
「相手に対して」にでなく、
「言われた内容」について、だった。

だから、「誰が言ったのか」は問題ではないのだと思う。(私の場合は)

だから、カチンときたり傷ついたりする問題ではないのだろうと思う。



みんなはどうなのかな?

カチンときたときは、「何に対して」カチンときてるの?

傷つく時は、「何に対して」傷ついているの?


2010/02/20

普通になろうとしてはいけない

(日記2010年02月20日13:33)



18日に精神科を併設しているクリニックへ行った。
(正確には心療内科だった。精神科と思っていたのは私の勘違いであった)
県の精神保健福祉センターから紹介され、ずいぶん前から予約を入れていたクリニックだ。
先生は女医さんだった。


問診(というか、会話)だけなのに、2時間半もかけてしまった。
私が質問の答以上の余分なことを、次々と一生懸命に話してしまうからだろうな。
きっと他の患者より長い時間を使わせてしまったかもしれない。

既に私が自己診断でほぼアスペに間違いないだろうと思っていることも正直に話した。

私のアスペに対する予備知識が診断の妨げにならなければ良いが、と心配だったが、そこは相手もプロ。
先生は、根気良く話し、聞いてくれた。
というよりも、うまく聞き出してくれたといった感じだ。
ひとつのことを話しながらあちこちに枝葉が広がってはまた戻る私の話を
途中でさえぎることなく、最後まで話させてくれた。
いや、多分
途中で先生が何度か軌道修正してくれていたのだろう。
だが、私にストレスを感じさせない修正だった。


問診での診断は、
・アスペルガー症の特性が濃く出ている
・アスペルガー症の傾向がとても強い
とのことだった。


予想通りというか、
私の自己診断は間違っていなかったのだな、というのが正直な感想。
日頃、判断に間違いや失敗が多い私にとって
「間違っていなかった」というのは
何より嬉しいのだ。
こんなことで嬉しがっているのもおかしな話だが。


「良く自分のことを分析していますね」
と言われた。
ここで、ふと思った。
「これは言葉どおりに受け取っても良いのだろうな。」
アスペ相手に皮肉を言っても通用しないのは、専門家なら知っているだろうし、
診察で皮肉をいう医師は居まい。
この種の皮肉に私は何度も痛い目を見てきて、(知識としては)学習してしまったので、とっさに余計なことまで頭に浮かんでしまう。


あぁ、そうか。

専門家の先生との会話は
「こちらの話を、先読み・裏読み・駆け引きなしで言葉どおりにそのまま聞いてもらえている」
「先生も遠まわしな言い方はせず率直に話してくれている」
という居心地の良さがあった。
これこそ私が望んでいた会話だ。
今頃気づいた。
 
この先生は我々との会話の仕方を心得ているな、と感じた。
だから安心して話せた。
ありがたかった。
この先生なら信頼できる。

以前「私は宇宙人(エイリアン)」みたいな日記を書いたが、
先生も「アスペはいわば宇宙人」説を話し始めたので、私は驚きと共にたいそう嬉しかった。
我々の特性からくる疎外感・困惑を、この先生は理解してくれている。
私は涙が出そうだった。

私を、この先生に任せてみようと思った。

このクリニックを、この先生のところを受診したのも「間違っていなかった」と思いたい。
次の診察日が待ち遠しいと感じる。
これも良い傾向だと思いたい。


ちなみに
前回行った大学病院では、
問診をした担当医師に対し、何かしら「不信感」のようなものがあり
2度目の診察予約を、自宅から断りの電話を入れ、それっきりだ。

(この大学病院受診の一件については「アスペルガーと診断されるまで 2」に詳しく書いた)

先生は、
「今後も、今の調子で良いですよ」
「仕事もしているし、ある程度この星に適応し、ある程度アスペの特性と上手に付き合っているように見受けられます」
と言ってくれた。
励みになる言葉だ。


最後に
「無理に普通になろうとしてはいけませんよ」と、念を押された。
普通になろうとすると、できないストレスからウツやパニック障害など二次障害を引き起こすという。
そうすると薬の世話にもならねばならなくなるし、一番厄介なのだという。




アスペを知って2年2ヶ月。
私の自己分析の毎日は、少しは役に立ったのだろうか。

2010/01/11

カミングアウト

(日記2010年01月11日11:16)


もはやこれまでか
と思う瞬間。

意を決してカミングアウトした後、
人が自分から離れていくように感じる。

というのは考えすぎで、
そもそも最初から誰も自分の近くに居なかっただけかもしれないし
人の存在を近くに感じていたという「感覚」も、自分の勘違いかもしれない。

要は、収まるべきカタチに収まったというところか。

人と人との触れ合いは、すべて「勘違い」で成り立っているのかな、とも思う。

だって、
他人の本心など誰もわからないそうだから。
私だけでなく、皆、そうらしいから。 






2009/12/18

「しいたけがない」 その3

(日記2009年12月18日12:18)


先の、いかりさん(五十里三咲さん)のブログ
にあったものを引用します。
(じつは「 定型発達者の「感情指向」配慮した会話の方法] by アスペルガーライフblog(狸穴猫さん)」からの引用でした。失礼いたしました)
--------------------
(定型発達者に感情や気遣いを示すのは、)実は簡単である。
機会を狙って次のセリフを過剰と思うくらい多用すればいい。

1 「ありがとう」
2 「うれしい」
3 「楽しい」
4 「大丈夫?」
5 「大変(だ)ね」
6 「恐れ入ります」
7 「お手数おかけします」
8 「おかげさまで」
9 「ごめんなさい」
10「申し訳ありません」

とにかく機会を鵜の目鷹の目で狙いまくって言いまくる。
ちょっと過剰かと思うくらいで十分だ。 
--------------------

私は、「アスペルガー」という言葉は、昨年やっと知ったのですが、上記のようなセリフについては、
「何を今さら。言われなくてもこんなのはずっと昔から使いこなしているわ」
と、自分では思っていました。
しかし、普通の人から見るとまだまだ足りていないかもしれないな、と考えさせられました。
もしかすると、逆に、しつこいと思わせるくらい多用しているかもしれません。
なにしろ「相手の気持を先読みする」「さじ加減」というものが苦手な私であるし、相手も本音を言ってくれているとは限らないので、確かなことはわかりません。
でもとにかく、「相手に誠意を持って接する」を第一に心がけてきました。
誠意をもって接すれば、このようなセリフは自然と出てくるものだ、という考えです。
これは、私が営業職をやったせいかもしれませんね。
で、私の中では
「誠意をもって接する」時に、「言葉だけで」や「上辺だけで」はNGなので、とことん誠心誠意でやってしまいます。

だからすごく疲れるでしょうと言われるけど、まったくそれはなく私にとってこれは「普通」で、疲れるようなことではありません。
結果、相手にちゃんと伝わったことがわかれば、安心します。


辛いのは、じつは「相手が私の誠意を迷惑に思っていた」という事実が、あとで判明する時です。 

2009/12/17

「しいたけがない」 その2

(日記2009年12月17日23:46)



前の日記(「しいたけがない」 (2009年12月16日)に載せていた「いかりさん」のブログ(Marginal Eyes 間接的な非難は定型発達者を傷つける)を読んでみた人は居るかな?
もし読んだ人が居たら、ぜひ感想を聞かせてね。
お願いします。



実は、1週間ほど前に職場で、私も「しいたけがない」の二の舞をやらかした。


店の裏、バックヤードのシャッターから外へ出た所に、ブロックモルタル造りの「ダンボール置き場」がある。

照明器具は、元々あったのか無かったのか知らないが、現在は、バックヤードから延長コードを引っ張り込み、パルックボール(電球型蛍光灯)をつけて、照明にしている。

灯りのスイッチON/OFFは、バックヤードのタコ足コンセントを抜き差し。
じつに適当で、面倒くさい。

店の閉店後20:00過ぎ、いつものようにバックヤードで、山ほど溜まったダンボールをたたみ、途中から先輩であるインテリア担当のSさんも手伝ってくれて、私はとりあえず持てるだけ持ってダンボール置き場に行った。

ダンボール置き場は真っ暗だった。
 大抵、夕方過ぎると誰かが灯りをつけていることが多いのだが、その日は真っ暗だった。

「あらー、今日は真っ暗やわ。灯りがついてない。」
私は手探りでダンボールをカーゴ車にバサッと広げながら、独り言のように声に出した。

次の瞬間、まるでCMのようにパッとパルックボールに灯りがついた。
とても気が利くSさんが、バックヤードでコンセント差してくれたのだ、とわかった。

私は、「ハッ」と息を飲み、開いた口を手で塞いたまま、しばらく動けず、はぁ~、とため息をついた。
「こういうことなんだな」と思った。

前の晩に、私は いかりさんのブログ を読んだあとだったので、真っ先に「しいたけがない」が頭に浮かんだのは、言うまでもない。

もちろん、私の独り言はSさんに聞こえるかもしれないとは思ったが、決して「Sさんに灯りをつけて欲しい」という意図は無かった。
もしかしてSさんがつけてくれるかもなんて、思いも及ばなかった。
まったく、「しいたけがない」と同じシチュエーションじゃないか。

ダンボールを置いたらすぐにバックヤードに戻り、自分でコンセントを差すつもりだった。
それを、Sさんに先読みされてしまった。

私の頭の中で、
「灯りがない」=「しいたけがない」が繰り返された。

Sさんも、後で私がコンセントを差しに戻るだろうと予測したはずで、だからこそ、急いで自分がパッとつけてくれたのだ。
彼は、そういう人だ。

Sさんは売り場の作業に戻ったらしく、もうバックヤードに居なかった。
山ほどあったダンボールの残りは、すべてSさんの手でたたまれていた。
このSさんは、作業やら仕事がめっちゃ早い。
手際も良い。
山ほどの仕事を、いつの間にか終わらせていて、私にとっては神様のような人だ。
(ただ、PCとプリンタについてだけは、私に聞いてくる)

いつもどんくさい私を怒りながら、世話を焼いてくれている。
すまない、といつも思う。
でもハッキリ言ってくれる人なので、私は信頼できるし、大好きな人物だ。

私は売り場でSさんを捕まえ
「さっきは、すみません。私が気を利かせるべきなのに、」とか
「まったく、そんなつもりはなくて、、、」とかめちゃくちゃな言い訳しながら、気がつかない自分が情けなくて、目の奥が熱くなってしまった。

あのブログ筆者のいかりさんのご主人は、「しいたけがない」でたいそう気分を害したそうだが、幸いにもSさんは、私の「灯りがついてない」で気分を害さなかった。

私の「灯りがついてない」を、
・誰かへの要求ではない
・あとで自分でつければ満足する
・心の片隅に、誰かつけてくれたら嬉しいな、という僅かな期待はある
・誰もつけてくれなくても、特に不満は無い
と、ここまで先読みしてくれたかどうかわからないが、とにかく、
「バカやな。そんなのな、普段からアンタを見ちょったらわかるわ(笑」
と、Sさんは、肘で私の肩をポンと押した。

なぜ、夫婦である「いかりさん」の夫には妻の真意がわからず、
私と赤の他人のSさんにはわかったのだろう?
いかりさんも、Sさんのような人と結婚したら、もっと理解があってうまくいくだろうにな、とか
私は余計なことを考えていた。

私は、Sさんが居る限り「この職場に居てもいいよ」と許されているような気がした。 


2009/12/16

「しいたけがない」

(日記2009年12月16日11:32)



私の言動を見て
「なぜそうするのだろう?」と、たぶん理解不能な人が多いのだろうと思います。

私から見ると、皆さんの言動も同じで、これまた理解に苦しむことだらけです。

どう頑張っても、この「ズレ」を修正するのは厳しいイバラの道に思えて、ため息しか出てきません。 

「なぜ、あの人はこうしたのだろう?」
「あの人の問に答えただけなのに、なぜあの人は怒ったのだろう? 

「なぜ?」と聞いても、
「もう終わったことだから」と、うやむやにされ
(いや、私にとっては終わってないんですけど・・・)
「いまさら蒸し返すな」と怒られ。
いったいどうすれば良かったのか。
それすらもわかりません。 

なぜ世間の人は「ハッキリさせる」ことを、こんなに嫌がるのか、がわかりません。 


この言動の違いというか、
「感覚のズレ」
「モノゴトの捉え方の違い」の仕組みをを分かりやすく(私にとっては、ですが)
書いておられるブログがありましたので、ご紹介しておきます。 

もちろん私も、これを強く心に刻んでいこうと思っています。
もしも興味がある人は見てください。 

五十里三咲さん) 

 
追記:
この人のブログをずーっと読んでいくと、
どれもこれもまったく私と同じ、当てはまりすぎ。
この人は私か?と思いました。